すっぴんとの比較写真ではありません。
売っている帽子のサイズが合わない、チクチクする、値段に納得できない。
ってことで最近帽子を作ってます。
おでこにあたる部分は肌にちくちくしない素材。
地球にやさしい成分で出来ています。
とかなんとか言って売り込もうと思います。
ちくちくしないのは本当です。
地球にやさしい。
まずこの人間様発言にいちばんの疑問を感じますが、
さてやさしいというのはいったいなんなのか。
よく見かけられる“やさしさ”
- 糸から作ってます。
- 染色は草木からです。
- リサイクルされたペットボトルからです。
- ひとつひとつ作ってます。
- 繊維のあまりを使用しました。
つまり大量生産(その過程にあるケミカル使用、そのための過剰浪費)は資源の無駄だ!
と言うようなやさしさに反して、
私は大量生産された材料を使って物を作っています。
大量生産がされる前にそれを止めれるのであれば、
そのほうがきっといいのかもしれない。
でも今のこの世の中はすでに大量生産された物が溢れあまっていませんか?
だとしたら、その生産されたものをいかに有意義に消費できるか。
それは大切なんじゃないかと思うからです。
それはいじわるなのでしょうか。
ケミカルなものを悪い悪いといって自然派になるナチュラリズムは、
果たして本当にナチュラルなのか。
確かに、必要な分だけ生産して、無駄なく消費することは、
とても効率的だし、すばらしいことというのはもちろん理解できます。
そしてそれが自己生産なのであればなおさら素敵です。
でもこの今の現状で、それを全員が徹底しだしたらどうなのか。
今まで大量生産に拍車をかけた私たちの欲望が
今度は罪悪感や妙な使命感という欲望ひとつで、
まるで悪ものにあつかわれ、ゴミになる物たち。
ファーストフードの30分経過した廃棄されるハンバーガーや、
一分でも過ぎてしまった賞味期限切れとくくられるおにぎりに
なにも罪はないじゃないか。
需要があるから供給するんだ。
供給があるから需要が高まるんだ。
どちらも正しいし、どちらも考えるべきなんだと私は思います。
ナチュラルでもケミカルでも、
そこに反対側への疑問、そして受け入れ。
わかりやすい線引きじゃなくて、
白!
黒!
まざってグレイ!
と声をそろえて笑ってもいいんじゃないかな。
と私は思うわけです。
すべての罪はみんなでわけましょう。
No comments:
Post a Comment